【往還集124】12 子育ての時間

これまでの時間で一番たのしいのは、子育ての時間だった。臨終を迎える瞬間にも、そう断言できる気がする。ただでさえ赤子の大好きな自分、一日ごとに成長していくさまを身近にするのは、何にもまさるたのしみだった。ものがいえるようになってからの、きらきら光るかたこと。それをメモして、小冊子にしたこともある。
ところが本多稜氏は、その黄金の時間をメモでなく歌にしてきた。『こどもたんか』(角川書店)。

「キスの音かとも思えるくしゃみしてひとつこの世のスイッチを押す」
「ふかしぎの眼に見つめらる腕の中われは銀河を洗いているや」
「数億年ひかりと水は待ちまちて今わが前に娘在らしむ」
「とっぷりと暮れてなんとかついてくる子の自転車よ螢のような」

こういう歌だけで、一冊にした。一気に読んで「やったねえ、やられたねえ」と思った。子にとっても、親にとっても一回性の貴重なこの時間! 
(2012年5月29日)