【往還集123】9「雪の音」

 この冬が寒冷つづきで雪も多いのは、予想外だ。岩手に生まれ育った自分は、雪の聖性も魔性もしりつくしているつもり。したがって、賢治の描いた「雪渡り」の世界も、「ひかりの素足」の世界も、感覚としてよくわかる。前者が聖性とするなら、後者は魔性。雪は、地上を一夜にして天上界に豹変させるほどの真白さだが、人命を奪う魔性も秘めている。この両極端をはらむから、一層魅了させるのだろう。
 自分は、雪の朝になると、誰の足跡もつかないまえに歩きたくなる。手つかずの、聖なる世界に踏み入るような気がするのだ。
 それだけでない、足裏に生じる音も楽しい。凍えきったときの音は、キュッキュッだ。湿りを帯びたときは、ムスッムスッ。気温の状態によって、微妙にちがってくる。「雪渡り」は、キックキックキックキックだ。これは、かなりしばれる(方言で、厳しく冷え込む意)日の雪音だ。
(1月31日)