【往還集122】33「閖上にて」

日和山。ここから閖上一帯が眺望できる。
閖上小学校。無人になった校舎。津波をかぶり、ほとんどの草木は枯れたが、サザンカだけは美しく咲いていた。

 あの日から、9カ月になろうとする。閖上の日和山へ。山といっても、ほんの小さな丘。ここに立つと、閖上全体が見渡せる。瓦礫はかなり片付き、だだっ広い 平地が海までつづく。この同じ場所で、何事かがあったなんて、信じられない。泥まみれのいくつかの船、傾いたままの何軒かの家、枯れようとして川べりに立 つ松の木などが、辛うじてあの日の面影をとどめている。
 慰霊の花束をささげ、手を合わせていると、外人の男性がカメラを向ける。通訳らしい女性もいる。話しかけると、「ELMUNDO」記者だという。さらに話を聞いてみると(とはいっても通訳を通じてだが)、3月末から各地を取材していると。
 「外人さんは、真っ先に日本を脱出したのに、よく残っていましたね」とほめる。いざとなれば、他国など捨て去るのがふつう。けれど、被災地にとどまり、肉眼で事態をとらえつづける外人記者もいた。
(12月7日)