【往還集121】37 『老いの歌』小高賢(岩波新書)

 超高齢時代に突入した昨今、百歳を越える人の続出には驚かなくなった。が、百四歳のふつうの人が「遠き道百歳迄も生きて来た脳梗塞で苦しみながら」「引き あげの話題のテレビに涙するこの年になりても悲しき思い出」などときちんと詠んでいるのには、さすがに驚かされる。短歌分野でなぜこういう現象が生じたの かを、小高賢は多面的に迫っていく。そのなかで基本はふたつ。まず作者と読者が分離しない短歌表現の特性。これは近代文学のなかでは軽蔑されてきた要素だ が、「老いの表現手段としては逆にいま威力を発揮している」とみる。もう一点は、口語調が市民権を得たこと。「感動よりも述懐、つぶやきといったほうがい いような事実や思い」を述べたい高齢者には使いやすい。もはや老いを一般的に、ワンパターンで語ることができない、個別的・個性的になったという指摘に も、大いに納得させられた。
(8月31日)