【往還集121】16「てんでんこ」

 「津波てんでんこ」ということばをはじめて聞いたのは、子どもの日のこと。祖母が、明治の大津波のとき、束稲山(たばしねさん)の向うから大砲のような 音がした、戦争がはじまったのかとびっくりしたと何度も話してくれた。津波がきたらなにもかまわずに、まず逃げることだ、これを「津波てんでんこ」という とも教えてくれた。以来、何度も聞くこのことば。一人でも助かるためには必要なことだ、長年の体験から生まれた人間の知恵だと自分を納得させてきた。だの に、私はいまもってこのことばが好きになれない。自分だけは生き延びたいというエゴと、どう違うのだろうか。今回も、体の弱い家族を救おうとして家に戻 り、波に呑みこまれた人は何人もいる。住民を誘導しているうちに犠牲になった警察官・消防団員、津波情報を流すうちに逃げ遅れた人もいる。それら彼らの行 為は、「てんでんこ」の教訓に反する〈まちがい〉だったのだろうか。
(2011年7月22日)