【往還集123】24 『明闇』

窪田空穂全集第二巻の『明闇』を読み終わる。1945年2月に刊行されたが、戦災に遭い、戦後に『茜雲』の題で復刊される。かなりの量の戦時詠は除かれて。全集の『明闇』は敗戦前の形。
つくづく不思議というか悲惨と云うか……。窪田らしい日常詠、自然詠が健在なのに、それとほとんど陸続きに戦時詠が量産される。

「夕空の今や暗まむ水浅黄見つつしをれば命愛(かな)しも」
これなど、完成度の高い自然詠だ。ところが、
「血脈の同じ国びと事ありて凝りし力のこの一つ見よ」
のような国粋歌が次々と出てくる。しかも自然詠、日常詠と並び立って。
体の弱い吾子茂二郎応召のときも、
「父われの万歳唱へ送るらく生きよとにあらず生きて勝てよとぞ」
とうたうのがぎりぎりだった。解題の松村英一も「濁りなき純粋な心」で戦時に応じたと語る。
生活者であるとはどういうことか、空穂はこの問いを顧みさせる存在でもあった。
(2012年3月24日)