【往還集122】14「森の手帳」

森のなかを流れる沢水

 家の周囲三方は、森に囲まれている。
森と夕焼けと沢水を存分に見たくて、郊外に引っ越してきたのは16年前。時間をみつけては森に入り、歩き回ってきた。小型バッグにクマよけの鈴と「森の手 帳」を入れて。クマよけといっては傲慢だから、「人間しらせ」と呼び換えているが。人間がふえるにつれて動物は奥へ奥へと移っていく。それでもカモシカに は時々遭うから、おどろかさないように鈴を鳴らす。
「森の手帳」は、その折々に気づいたさもないことを、メモするためのもの。いつのまにか4冊目になった。8年前のちょうどいまごろには、こんなメモがあ る。「松の広場。紅葉にはまだ早いが、全山の色が動きはじめている。ススキの白い穂が、戦乱の旗のようになびく。さっきからうしろのほうに、ポッポッと音 がする。わずかの風に木の実が落ちているらしい。虫の音しきり。午後の日差しを総身に浴びる杉山。」
(10月27日)