【往還集121】33 『忘れずあらむ』稲葉京子(不識書院)

 稲葉京子をいつかきちんと論じなければと思いながら、果たすことなく今日まで来た。稲葉の歌は、現実に発しながら現実を超え、観念へと上昇しながら観念へ 全身をあずけることもない。その「あい間」を往還しつつ、透明度を保ってきた。稲葉は若いころ、児童文学に心を寄せている。このときの、人間を原点におい て見る経験も、どこかに生きつづけている。
幾つかと問へば応ふる何といふうつくしい数五歳といふは
かなたより誰か呼びたりまかげしてふたたびみたびわれは降り向く
ひしひしと青信号を往き還る曇天なれば影なき人ら
樹の心天に従ふ折々に真直ぐに落ちる花びらのあり
後半になり、生死に触れつつ境涯を深めはじめているのも、感慨深い。
(8月30日)