【往還集121】3「〈まやかし〉か」

 圏内・圏外の境界の溶解と直結するかどうかはわからないが、私が今回の震災で感じた大きなことは、現実 と非現実の境も不分明だということだった。ライフラインが完全に消滅、あちこちの道路、家屋が倒壊、手をのばせば届く距離にある海辺では万の数の人々が亡 くなっている。「これは現実でない、夢だ、フィクションだ」と、何度思ったことか。圏内の人、ほとんどに共通する感覚だといってよい。阪神淡路のときも、 イラク戦争のときも、映像だけで歌を作ることの〈まやかし〉が批判された。今回もテレビ、パソコンの映像で歌作した人は、いっぱいいる。それは〈まやか し〉か。私には、この論議は吹っ飛んでしまったと感じられる。そもそも現実と非現実の区別が成り立たない以上、映像を虚構としておとしめる根拠は、どこに もない。「今回の震災詠は圏内・圏外の境界を取り払って読むことにしよう」と、私はひそかに決めた。
(2011年6月6日)