馬場昭徳は1948年長崎市生まれの歌人で、竹山広を近くにみてきた。最近『マイストーン』につづく第4歌集を出した。
「鉛筆を置く」の章に
「自死したる娘のことを語りたりそののち長く鬱病むことも」
がある。竹山が亡くなって2度目のクリスマスに、その奥さん(妙子さんといいやはり歌人)を見舞ったときの歌。
私はかつて80枚ほどの竹山広論を書いたことがある。亡くなった娘への墓参歌が頻出するので、「お嬢さんは病死されたのですか」と問い合わせた。するとしばらくしてから丁寧に返信があり、「娘は自殺だった、以来自分は薬を手放せずにいる、この件は伏せておいてほしい」という内容だ。
悪いことを聞いてしまったと悔いる。もちろん竹山論では、触れなかった。
その竹山広も故人、もう公表してもよくなったのだろう。
「夫ありて苦しかりし日夫なくてさらに苦しき日を耐へにけむ」
この歌も胸を打つ。
(2014年4月22日)