【往還集145】16 「残酷なほど新鮮な光景」

詩の同人誌に「左庭(さてい)」があります。
その42号の、山口賀代子「外科病棟 C308号室」にとりわけ引きつけられました。
詩の背景について山口さん自身が「つれづれ」に記しています。
先天性股関節変型症が辛くなり、21日間の入院・手術・リハビリをする。隣室には見舞客が来たらしく、笑い声が上る。自分も廊下に出たとき、客たちを目撃する。
その模様はつぎのように描かれます。

廊下へでると たくましい肉体の見舞客たちが
隣室からでてくるところでした
命漲らせ
若さを滴らせ
しずまりかえった外科病棟で
それは残酷なほど新鮮な光景なのでした

ここには病者側と見舞い者側の落差が、静かながら、鋭利にとらえられている。ベッドに仰臥している側からは、外来者が命漲らせている存在と映る。
こういう光景は病院に典型的に生じますが、ふだんの外界にも日常的にあるにちがいありません。
(2019年6月24日)

【往還集145】15 必死に

一昔の大学病院といえば、診察を待つだけで2時間強、薬の処方を待つだけで1時間強かかるといわれました。
今は予約さえしておけば20分前後待つだけ。しかも医師も看護師も、とても親切です。
検査や診察が終了すると会計をするため、ホールに戻ります。各科に散らばっていた人たちもそこに集合します。
その時、毛糸帽をかぶった人、車いすの人、点滴のままの人などさまざまな姿を見ることになります。
会計の窓口の私のまえには若いママが。2歳ぐらいの子をつれ、胸には乳児を抱っこしています。その乳児は口以外の顔面が透明のコルセット状のものですっかり覆われていました。
大勢の人が、生きよう、生かそうとして必死なのだ、それが病院という所なのだと胸がいっぱいになりました。
「このトシで通院39回とはきついけれど、自分も皆さんの仲間に入って挑戦してみようではないか」とはじめて思いました。
(2019年6月19日)

【往還集145】14 ここにも世界が

「往還集」前号に私の前立腺がんのことは書きました。
その後東北大学病院の泌尿器科で改めて診てもらい、IMRT(強度変調放射線療法)でやっていきましょうという方針になりました。
がんの部分に金マーカーを埋めこみ、39回通院して放射線を当てるという治療法です。 
思いがけず大きな総合病院へ行くことになりましたが、それは新たな世界へ足を踏み入れる気分でもありました。
診察を待つ間イスに座っていると、医師・看護師・患者のみならず事務員・掃除夫その他がつぎつぎと往来する。理容室・レストラン・コンビニ・ウイッグ店・郵便局などなどもある。
つまり、この建物ひとつに人間の世界が凝縮されている。
全くないのは、寺院・葬儀関係だけかも。

「そんなこと、当たりまえじゃないか、お前さんは患者として来ているのに、呑気に珍しがっている場合じゃないだろ

と、今わが身を叱ったところです。
(2019年6月19日)