【往還集143】8 「マラソン」

空に 紅をはいたような
ある晴れた美しい朝
地の扉を蹴って
マラソンの選手たちが
いっせいにスタートした

世界はあかるく
都市から田園へとつづき
不作をわすれて 田園は
まぶしげに 選手の一団をみおくる
そこぬけにあかるいそらの
どこかに神がひそんでいるような
この均衡は心憎いばかりだ

選手たちの
腕と腕のあわいから
世界がすこしづつながれてゆく

――選手たちは 田園から
ふたたび都市へとはいった
そのとき 沿道の
観衆から
ふかい どよめきがおこった
ざくろを掌にした死児がひとり
かげろうのように
選手のむれと走っているのだ

選手たちの
脚と脚のあわいから
昼は急速に傾いて
たそがれいりにそまりだし
にわかに遠くなった
ゴールのむこう
秋の日は
まるで大きな愁いげな 花を
咲かせたもののようだ
(2018年7月12日)