『全歌集』に収録された数は4593首。半端な数ではない。
これだけ作っているのに、歌人として評価しないのはどこか片手落ちの感じもしますが、歌人たらんとする気負いもない。それでいて、折に触れてよく作っている。
『僕たちが何者でもなかった頃の話をしよう』で羽生善治氏は、将棋を職業としたために捨てなければならなかったのは
「駒を動かすという喜び」
と語っていました。
これだ、と私は思ったのです。
藤井はプロ級の作歌はしたものの、プロの域には入らず
「歌を動かすという喜び」
を持ちつづけたのだと。
もっとも長い人生には、戦争体験があります。敗戦も派遣された南方の地で知り、「祖国潰ゆ」を作っています。
「声あげて 泣く我が涙 永久に、この我が泪 伝へはてなむ」
「天地の神 いまさざりしか。しかにあらぬか。我の誠の はた足らざりしか」
と、激しい慟哭を全身から絞り出すように詠んだのです。
(2017年6月12日)