【往還集139】11 「万穂と里菜へ」

詩集『学校という場所で』(風詠社)の作者は、汐海治美(しおかいはるみ)さん。長い間高校に勤め、今年退職を迎えた方です。
「万穂と里菜へ」に来たとき、ただならぬ思いが湧いてきたのです。
サブタイトルに「宮城県名取市閖上海岸ふたたびの春」とあるように、閖上で亡くなった姉妹をとりあげています。
「往還集」は400字の限定で書いてきましたが、この作品は部分を紹介したのでは、うまく伝わらない。作者から了解をいただいたので、全文を引用してみます。

春を告げるものの何もない
その街で
目を瞑ると
海なりが聞こえます

それは
あなたたち家族が
茶の間であげる
穏やかな声なのだと
思いたい

あなたたち姉妹が
遠い海の底に
お母様やお祖母様と一緒にいて
残されたお父様を励ます言葉を
探しているのだと
思いたい

ねえ、万穂

津波が来ると聞いた時
あなたはどう思ったのかしら?

津波がすぐ後ろに迫った時
あなたはどう感じたのかしら?

津波の音を後ろで聞いた時
あなたは車の中で必死に走り続けようとしなかったかしら?

津波があなたを呑みこんだ時
あなたは何を願ったのかしら?

ねえ、万穂

津波があなたを乗り越えて行った時
あなたはもっと生きたいと思わなかったかしら?

津波があなたを深くさらった時
あなたは短い命を惜しんで身をくねらせて嘆かなかったかしら?

津波の黒さがあなたから光を奪った時
残される人の幸せを願わなかったかしら?

ねえ、万穂

あなたが
津波とともに自らの生を終える時
あなたは希望についてこの世の誰よりも深く考え
誰よりも神の近くにいたのだと
思いたい

そう願わせてください
この世のすべてのものとともに
そう願わせてください

閖上の姉妹が、父一人をのこして母、祖母とともに帰らぬ人となった。それが作品の背景です。
「誰よりも神の近くにいたのだと」の「神」を特定の神と考えなくていいでしょう。
また姉妹は2万人のなかのふたりであり、2万人そのものでもあります。
あの日から6年経てやっと、こういう深い祈りのこもった作品に出会えるようになりました。
(2017年5月30日)