人間は他の命を殺(あや)め口にする。
昆虫も同じく他の命を食し、生きながらえる。
この点で両者とも同類。
だから昆虫の除去は許される。
それならば植物はどうか。
例外的に食虫植物はあるにしても、ほとんどは他の生命を殺めたりしない。しかも剪り払われるとき、ひとことも痛みの声を発しない。
そういう植物を始末する自分が許されてはならないと、築地正子は詠っているのです。
同じような植物観は、
「植物といへども目も耳ももつならむ南に向きて百合開くとき」
「道の辺に踏まれても踏まれても花ささぐる蒲公英も夜は星と語らむ」
などにも見られます。
さらに歌集後半には
「地球時間をまさに生きゐる草木の統べゐる森に人も随ふ」
もある。
いかにも、地球時間からするなら、人類や動物よりも先に生を育んだのは、草木にほかならない。
築地は長い間農耕に身をあずけながら、地球規模のことを触感していたのです。
(2017年3月30日)