1960年代は、辺地はまだまだ貧しかった。
自分の同級生でも、3分の1は高校へ進学できなかった。
そんな時代に教師となって若柳高校に赴任したのですが、そこは全日制だけでなく通信制のスクーリングも引き受けていました。
月1回の日曜日に地域の受講生が集まります。進学できずに農業を継いだ人、結婚して赤ん坊を負んぶした人、年長になってやっと勉強できるようになった人などさまざまです。
スクーリングの講師としてほぼ強制的に割り当てられるのは、新米教師です。
私もその一人。授業をするわけでなく、一人一人が持ってきた好みの教科を自習する、あるいは仲間と相談したり、こちらの専門教科のときは質問に来てくれたりする。
それだけのことでしたが新米教師は、校務・授業・部活動・クラスの生徒の世話だけでもてんてこまい。
おまけに宿直制度もあって、とかく新米に押し付けられるのでした。
(2017年3月26日)