【往還集136】32 小紋潤『蜜の大地』(ながらみ書房)

2016年8月12日
東京を去ってからの小紋氏の詳しい動向を、私は知らずにきました。故冨士田元彦経営の雁書館の
編集者だったのですが、書館が廃止になり、郷里長崎へ帰って以後、音信もなく過ぎてきました。
その小紋氏の新歌集を受けとり、たちまち引きつけられました。

「死に至ることなき孤立 蒼然と佇ちをる楡のまぎれなき生」
「苦しみは炎の象(かたち) 崩れゆく予感の中に耐へてゐたれば」

これらからは、精神のぎりぎりの痛みが伝わってきます。
けれど、

「神神の宿りたまへる大樟の真下にいこふ乳母車あり」
「生きて識ること多ければ一日の終りに開く合歓の花あり」
「見下せばあを篁のゆくらかに動くと見えてしづまりゆきぬ」

などには、生への限りないやさしさがあり、深い祈りもあります。
歌集を編んだ谷岡亜紀氏の「『蜜の大地』覚書」によると、腰痛悪化や脳梗塞以後療養生活に近い毎日を送っておられるとのこと。
再起されんことを。