【往還集135】8 オシラサマ

2015年12月17日
『遠野物語』にオシラサマの話がある。
娘が馬を愛して、ついに夫婦となる、父親が馬を殺す、娘は馬の首に乗ったまま昇天してしまう。
洞口千恵歌集『緑の記憶』を開きながら、オシラサマを思い浮かべた。
洞口は学生時代、乗馬部。
馬にほれ込んで交流を重ね、別れのときには深く悲嘆する。
そういう歌だけで一巻にまとめあげたのは、この国でもはじめてのことだろう。

「馬時間と人間時間を刻む針重なるときに馬と駈けいづ」
「放たれて跳ねつつ駈くるを見てあれば馬とは風を恋ふる生きもの」
「わが指の杜貴の舌先触るるとき言葉なき世の記憶が甦る」
「やつと馬に戻れたといふ顔をして杜貴がにはかに駈けいづるなり」

杜貴とは、とりわけ愛した馬の名前。
その杜貴とも、やがて別れがくる。

「杜貴、君のこころにありや青葉山のわれと過ぐしし緑の記憶」

大学の乗馬部は、緑に囲まれた青葉山にある。
この一首が歌集の結びである。