【往還集132】35 「わが死顔」

 夕暮の遺稿は、「わが死顔」だ。

「ともしびをかかげてみもる人々の瞳はそそげわが死に顔に」

にはじまる10首。
前年には、医師から絶対安静を命じられたのに、「詩歌」の経営、執筆をやめない。
翌年になっていよいよ死期を悟り、最後の力を振り絞って歌作する。この一連も追悼特集に遺詠として発表されるが、自分の死顔を見る人々を想定するとは、並のことでない。

「かそかにわが死顔にたたへたるすがしき微笑を人々はみむ」

自分の死顔に微笑さえ浮かぶという。

「生涯を生き足りし人の自然死に似たる死顔を人々はみむ」

ついには、自然死に似た顔とまでーー。
これらはまだ息絶えていない段階での作だから、自分の臨終の空想だ。
「わが死顔」の最後は

「左様なら幼子よわが妻よ生き足りし者の最後の言葉」

やるべきことはやった、もう思い残すことはないという心境での瞑目。
これほど見事な終幕の仕方、おそらく他にはない。
(2015年3月31日)