前田夕暮の全歌集を読みつづけてきて、いよいよ最後の「夕暮遺歌集」。
その「昭和二十五年」つまり死去の1年まえに「物乞」5首がある。
「ある日老いたる物乞きたれり顔よごれたれど穏かに笑へり」
にはじまる。
この時代、物乞いをして、いくばくかの食や銭を恵んでもらう放浪の人が時々いた。訪ねてきたのは、老人。身なりは汚れているが穏やかな笑顔だったという。
「老いほけし物乞はいふさきの世の母なる人にあはせて下され」
さきの世とは現世に生れ出るまえの世。そのときはこんなに落ちぶれることなく、優しい母親もいた、その母にあわせて下されとは、同じような慈悲をお願いしますということだ。
「さきの世の母なる人が握りたる握飯を一つ下されといふ」
夕暮は大きな握飯を、手に置いてやる。
この場面、東西を超えた宗教性を感じさせる。
自分の子どもの頃も「おこも様」は、聖なる訪問者として迎え入れた。
(2015年3月30日)