【往還集132】19 戞戞と

漢学をやっていた亡父が、『大漢和辞典』をぞろっとのこしていってくれた。
たまに開くと、目も眩むばかりの漢字の宝庫だ。
けれど今の自分らにはわからないのも、相当にある。
「戞(かつ)」もその一つ。
富澤赤黄男『天の狼』の

「戞戞とゆき戞戞と往くばかり」

ではじめてこの字を知った。意味は、硬い物の触れる音。ここでは軍靴の行進していく音だ。いまから出征するのか、大陸に渡って行進しているのか。いずれにしても漢字「戞戞」だから、効果がある。
前田夕暮の『烈風』にも見つけた。

「市街の抵抗地面につたはり、戞戞軍靴のひびき身に迫り」

軍靴の音を表現するに「戞戞」はふつうに使われていたのだろう。
ところで赤黄男と夕暮を比べた場合どちらが作品として上位か。
それは赤黄男。
あらゆる余剰を削ぎ落して、事実を事実として描く詩型。その沈黙の度合いが逆に作品世界を広げる。
自分の判定では赤黄男の勝ち。
(2015年2月6日)