【往還集132】16 再び書くことに

武下奈々子は、福井県南越前町で林業を営む歌人。原発地帯からは10数キロしか離れていない。福島の事故以来、短歌をほとんど作れなくなったという(「自作は反逆する」「短歌人」2015年2月号)。それ以前は

「まぼろしの腹腹時計ひつそりと置かれてゐたり計器盤の陰」
「執拗に浄められたる墓所として原子炉建屋底響きをり」

などとうたっていた。

「私の想像を遥かに超えて現前化される過程を目の当りにしたとき、私の思考回路のブレーカーは落ちてしまった。」

以来4年、野菜作りに没頭してきた。

「一片の農地と一種の作物の中には、継続する時間のエッセンスが詰まっている。」

この思いが再び書くことに向かわせようとしている。
多くの人の目に触れることのない結社誌の小エッセイながら、多弁に流れず、足を地に着けて考え、生活を営む人の存在が伝わってくる。こちらも、いましばらく踏ん張ろうという気になってくる。
(2015年2月2日)