岩田正が短歌「からすのこゑ」に添えて、エッセイ「後藤一等兵」を書いている(『短歌』2015年1月号)。
岩田は1924(大正13)年生れ。初年兵として召集される。
そんなある夜、兵舎の裏手を歩いていて、自分を招くものがある。後藤一等兵だ。
「いいかだれにも言うな、日本はもうじき必ず負ける。それまでうまくやれよ」
そういうと、影は離れたという。愛国精神に染まっていた自分への、忠告だったにちがいない。
だのに名古屋大空襲の夜、どうせ死ぬのだからという気で、自分だけ壕に入らないでいた。
すると壕から白い手が伸びる。腕をつかんで引きずりこみ
「岩田いま生きるんだ」
と、優しく睨む。
エッセイは「六十年後、後藤さんに会いに行った。」で結ばれる。このとき両者とも、80歳過ぎのはず。どんな語り合いがあったかは描かれていないが、1冊の長編を読み終えたに等しい重量感が伝わってきた。
(2014年12月26日)