【往還集130】37 朝蟬人よ

句界の長老金子兜太が、「俳句」に「九〇代の放言」を連載している。その9月号に、

「ガラス戸に朝鮮人よ命(いのち)生きよ」

を見つけたとき、ガーンと頭を殴られる思いがした。
まだわけもわからない小学生というのに、「朝鮮人」と聞くだけでさげすみの感情を持った。町内に廃品回収業をやっている朝鮮人がいた。同級の女の子が、うちの犬が殺されて皮をはがされたと涙ながらに語ったことがある。いよいよ、忌々しい。
けれど、証拠を見たわけではない。
だのになぜ「朝鮮人」と聞くだけで、特別な思いを持ったのか。
大きくなるにつれて、無意識とはいえ差別感情を抱いたことが許しがたくなった。たとえ大人たちから、伝わったとしてもだ。
そういう少年時の汚点が、金子兜太の一句によって、いきなり思い起こされた。
もっとも、よくよく読んだら、

「ガラス戸に朝蟬人よ命生きよ」

だ。「朝蟬」で切り、「人よ」とつづくのだった。
(2014年8月26日)