【往還集130】30 あたりまえ

庭に群生するオニユリ

この冬は記録的な大雪。出歩くこともならず籠っていたとき、もう永遠に夏は来ないのではと思った。
だがやっぱり雪は溶け、草木は芽を出し、いっぱいの花をつけた。
そして梅雨もあけて、ひとときの、短い夏だ。
いつも通り、早暁のベランダに立つ。
全身を冷気にさらして、眠気を追いやる。1夜鳴き徹したヨダカにかわって、ヒグラシの潮が湧きあがる。
雨のおさまった朝なら、森の窪に雲の赤ん坊が生れ、ゆうらりと立ちのぼる。
庭を見下ろすと、オニユリが所狭しと群生している。こちらが好んで植えた花はすぐに衰え、たのみもしない花が種を落としてはふえていく。けれど祭のようなあでやかさだ。
こうして、あたりまえの朝がはじまり、あたりまえの今日が、夏がはじまる。
このあたりまえがもっとも幸いだと気づくのは、あたりまえがあたりまえでなくなったとき。
いましばし、あたりまえがつづきますように。
(2014年8月4日)