【往還集130】10松村正直『午前3時を過ぎて』(六花書林)

地味で、華麗に踊り出ることはないけれど、歳月と共に確かな世界を開いていくに違いないと、内心期待している歌人が何人かいる。松村正直はそういうなかのひとりだ。
この人には、自分の突出を抑える何かがある。もしかしたら、これまでの過程のどこかで遭遇した、自分の存在自体への断念感かもしれない。
そこに生じる眼差しは、あらかじめ大仰さを排しつつ、この世に潜む深淵を、過つことなくとらえる。
スペースのある限り、作品を抄出していきたい。

「抜きながらさらに外より抜かれたる自転車あわれ順位を変えず」
「踏切に列車過ぎるを見ておれば枕木はふかく耐えているなり」
「直線に触れんとしつつ触れぬまま遠ざかりゆく曲線を見つ」
「日の当たる螺旋階段のぼり行く人の姿はうらがわに消ゆ」「ひとすじの滴のごとく青き空より垂れながら窓を拭くひと」
「見ることと見られることの交わりのなかに点りてしずかな林檎」
(2014年6月10日)