【往還集129】32 ずぶぬれの犬

住宅(すみたく)顕信(けんしん)という俳人がいた。白血病で、25歳の生涯を終える。その彼の

「ずぶぬれて犬ころ」

が忘れられない。これ、「ずぶぬれの」では句にならない。「ずぶぬれて」だから句になる。 
さて、私は『山崎方代全歌集』を読んでいる。まずは第1歌集『方代』。これまでもくり返し読んでいて、どこになにがあるかは熟知しているつもり。だのに見過ごしている1首があった。

「ずぶずぶにぬれたる犬が袋小路をあてなく通り又通りゆく」。

ここに登場する犬には、放浪する方代自身が重ね合わせられているだろう。行く当てもなく、ひたすらにみじめな自分。
これをまえに「ずぶぬれて犬ころ」が閃いたのは当然といえば当然。なんと似ていること!
けれど、どちらかといえば句のほうがみじめ度が高い。
その理由は時間の有無に関係する。方代には「通りを又通りゆく」時間がある。
それに対し、住宅は一気に無時間へと切り込んでいる。
(2014年3月28日)