【往還集129】22 桜

「桜」の題で5首を、という依頼を受けた(読売新聞3月24日付)。
桜といわれ、すぐに思い浮かべるのは幼少年期を過ごした前沢(現奥州市)のこと。長く細く続く町筋の西側には、山が連なる。そこにソメイヨシノは一斉に咲いた。
2階の西窓を開けると、桜山はまともに見える。この部屋に住んでいたのは母親の弟、私にとっての叔父だ。叔父は旧制中学4年で肺浸潤になり、10年間病臥の末に亡くなった。26歳の早世。
伝染の危険があるので近くへ行くのを禁じられていたが、幼児の自分は恐さを知らない。人目を盗んでは階段をよちよちと登る。
すると叔父は桜の見える角度に布団を移し、ほっそりした顔で眺め入っていた。傍らにはスケッチブックがあり、兵隊や戦車の絵を描いてくれる。
ある日、人の出入りが多いので何事かと思ったら、棺の底の叔父は、静かに真直ぐになっている。もう目を開くことはなかった。
(2014年3月13日)