【往還集129】9 松崎健一郎『仕事と日々』

松崎は結社にも同人誌にも入っていない。総合誌にもほとんど登場しないから、この世界では目立たない。
著書にはすでに『親鸞像』『起源の物語』『吉本隆明 異和』などあり、関心領域の広さを示している。
歌集はほんのときどき出すが、時流には一切乗らず、己のスタンスを通す。そこにえもいわれぬ味わいが出てくる。
たとえばつぎの歌。

「背広着てネクタイ締めて弁当を電車のロングシートに食ひぬ」

これは修辞でもなんでもなく、たぶん、ありのまま。他人に変人であることをアピールしているわけでもない。ただ、ありのまま。 
こういう人だから

「寒に入り散髪すれば打首をせらるるごときえりの冷たさ」
「油蟬が交尾をなせるを見てゐたり生きてゐる間の虹色のとき」
「日陰にはよごれて雪が残りたり世に経るものはよごるるならむ」

などなど、こちらがはっとする歌が生まれ出る。
いまどき、貴重な歌人である。
(2014年1月14日)