このアンソロジーを編纂したのは大日本歌人協会。理事には北原白秋、土岐善麿をはじめ、名だたる歌人が入っている。編纂の目的に日本精神高揚のあることはいうまでもない。だから最初は、翼賛詠にいやというほど付き合わされるのかと気が進まなかった。
ところが実際に読んでいくと、多くは戦地における〈自分〉に焦点が当てられるとわかってきた。戦争だから敵が出て来るのはやむをえないにしても、観念的な敵愾心もほとんどない。それどころか、反戦歌にも反転しかねない歌もずいぶんある。
「死んだといふ。手を握るとききんきん時計だけが動いてゐるではないか」(檜本兼夫)
「一つまみ髪は切りしが傍にくづるる如く妻は坐りぬ」(前田博)
これでは少しも戦意高揚にならないではないか。それなのに詠う人がいて、選ぶ人がいた。
〈公〉でない〈私〉がまだ許された時代。〈公〉〈私〉の喫水線だったか。
(2014年1月7日)