【往還集128】43 栗木京子『水仙の章』(砂子屋書房)

この歌集の題名にだまされてはならない。清純なロマンどころか、懐に隠されているのは冷徹な刃だ。

「亡き人との親交誇る歌並べど殉死しますといふ歌は無し」

これは河野裕子の追悼歌を目にしての歌だ。有名人が亡くなる、追悼特集が組まれる、自分がいかに故人と親しかったか、その死がいかに痛手だったかを語るのが通例だ。
それに対して栗木は冷えたまなざしを送り、「あなたの親交なんて、その程度じゃない?」とつき放す。追悼特集は親交度のひけらかしのようで、しばしば滑稽なのは確か。
けれどふつうは「殉死する気もないくせに」とはいいたくてもいわない。栗木はいう。
とはいえ刃を他人に向けた途端、返り血を浴びることを栗木は知っている。だから

「とは言へど偲べば出づる涙あり思ひ出は緋の小さき宝玉」

とうたう。「とは言へど」によって冷徹な刃を、辛うじて回収する。
ここが賢く、少しずるい。
(2013年11月30日)