【往還集128】39 池本一郎『萱鳴り』(砂子屋書房)

池本氏は1939年鳥取生まれの「塔」所属の歌人。その第6歌集である。
池本氏の作風は、ごくふつうの日常に素材を得ながら、ちょっと角度をずらしてうたうところにある。その「ちょっとずれ」から思いもよらない表情が浮かび上る。そしていうにいわれぬ人間の機微やおかしみもにじみ出る。

「留守電にうまくしゃべれぬ主なわけ壁がなければそこに立てない」

電話をする、すると「ただいまるすにしております」の音声が流れる。電話は相手がいるからこそ、こちらの声も反響する。相手不在のときはそれこそ壁がないと同じこと。こういう心理を巧みにとらえている。

「名は体を表すという例外のこれは最たりバ馬ケツ穴というは」

バケツはもともとバケットから転訛した語。それに馬穴の漢字を当てた。馬の穴とはなにか、尻の穴?どうみても体を表しているとはいえない。
このような歌が『萱鳴り』には満載されている。       
(2013年11月27日)