【往還集128】8 マリーのこと

自分の幼少年時代の記憶はすべて前沢。小5まで暮らした前沢は思い出の宝庫だ。宝庫とはいいながら年々忘れていくので、気の向いたときに記し留めることにする。
母の実家は農機具店をしていた。
ある夜、賊が侵入、金庫ごと盗まれる。
これはいけないと、犬を飼うことにした。白に薄茶の模様のある雌犬で、マリーと名づけた。性格が穏やかすぎて、防犯の役にたつかどうか疑わしいが、自分にとても懐く。
けれど小5の時、自分の一家は水沢へ引越すことになった。列車が発車するそのとき、紐で結んでいたはずのマリーが車両に走り込んで来た。
「マリー、だめだ」と自分は泣きながら追い出した。
引っ越したあとも前沢に泊まりに行くことがあり、その度に喜びの再会をした。
けれどやがて病気で、亡くなってしまった。マリーを覚えている人はどんどんいなくなる。せめて、ここに記して、面影を忍んでおきたい。
(2013年9月23日)