記憶は何歳からはじまるかという経験談で、盛り上がることがある。
産湯の盥の縁を憶えているという作家の言(三島由紀夫「仮面の告白」)には魂消てしまうが、これは特殊例。
自分の場合は2歳だ。
なぜ特定できるかといえば、岩手県前沢の町筋で出征兵士を送った記憶が鮮明だからだ。自分の生れは昭和18年、その2年後に弟が生まれ、一緒にいた母は赤ん坊を負んぶしていた。だからまちがいなく昭和20年と特定できる。
卓袱台で、小さな紙に赤丸を描き、一本の箸にご飯粒で接着する。そんな細かいところまで憶えている。
あのとき見送ったお兄ちゃんたちは、どうなっただろうかと気になりだしたのは、大きくなってからだ。
やがて、停車場に動員されることが続いた。母に手を引かれていくと、白布の箱を首にかけた人が列車から降りて来る。出征のときとは違って、誰もが沈黙し、ただただ頭を下げた。
(2013年9月14日)