川口はさらに
「国籍を異にすれども、憎み合う要なき世界 必ずや存することを 兵われに教えし二人 今何処でいかにか生くる。」
と述懐する。そして反歌
「水飲むが如くに無心なる一途さに躊躇(ためら)わず乳房与えし女人」
と、詠う。
私もはじめは、この信じがたい話に感銘した。しかし、くり返し思い返すうちに、果たして美談として受け止めていいのだろうかという疑問が湧いてきた。「その女人静かに応じ」とあるのは、もしかしたら圧倒的な力の日本兵への屈服だったかもしれない。征服者のほうは、そういうことに案外鈍感だ。
私はここで児童文学『シラカバと少女』(那須田稔)を思い起こす。少年時代を満州で過した体験をもとに、少女ミンチュウへの思慕が綴られる。刊行されて間もなく、征服者としての懐旧ばかりで被征服者の心に届いていないという批判が出た。
川口の歌も、同じ観点から再度検証しなければなるまい。
(2013年7月21日)