『戦争と平和』第3巻にナターシャの踊る場面がある。そのステップ、
「どこで、どういうふうにして、いつ、自分の呼吸しているロシアの大気の中から、こんな雰囲気を自分のなかに吸い取ったのだろうか」(藤沼貴訳)
と、いわしめるもの。ナターシャといえば『戦争と平和』中でも、最も魅力的な女性。その肢体が全開し、しかも意識せずしてロシアの空気を生きる。
だのに、今が絶頂期で、以後は衰退が待つばかりだとナターシャは予感する。兄ニコライに語る、
「こんな気がすることあるかしら、これから先は何もーー何ひとつありゃしない、いいことはみんな、もうすんでしまった、そして、うんざりするっていうより、侘びしくなることが?」
と。この予感は、ひときわ強い印象としてのこる。青春と、以後の長い人生の落差を射当てているからだ。
こういうとき、「うんざり」にも豊かさがあるとは、決して思いいたらない。
(2013年6月23日)