【往還集126】22 現代短歌フォーラム イン 福島

パネルデスカッション。左から、小高賢、栗木京子、柏崎驍二、久我田鶴子、本田一弘。
会場を埋めた参加者。

昨日は、現代歌人協会主催の短歌集会「3・11はどう表現されてきたか」。
会場の「福島テルサ」は会場前から列ができ、熱気も伝わる。こういう会を待望する人が、いっぱいいたのだ。
自分の出番は鼎談で、他に高木佳子、吉川宏志両氏。
これに先立って数日まえに映画「遺体 明日への十日間」を観た。原作は石井光太『遺体』。釜石をルポした作品だ。あの日が一瞬にして甦り、泣けて泣けてしかたなかった。
2年たった現在は、表面では何事もなかったような平静ぶり。だが実は一人一人に内化しているのだ。
ここを語ることばをどのようにして手に入れるか、それが文学の課題になっているーーというようなことを思いながら壇上に立ったが、

「3・11の場面に立ち、自分がゼロになった、これからどういう哲学を構築するかが迫られている」

と語るのが精一杯だった。
頭上から注ぐライトが、しきりに眩しかった。
(2013年3月10日)