米口實は1921(大正10)年兵庫県生れの92歳。東大に入学するが学生の徴兵猶予が廃止されてビルマへ送られる。肺結核になり除隊。そして苦難の戦後。この4、5年前からは肺がんに侵されていた。余命を悟り、最後の歌集と覚悟して『惜命』を編む。2月10日すなわち今日が発行日。だが手にすることなく1月15日に死去した。
歌集後半になればなるほど秀歌が続出する。
「くらやみの底に聞こゆる水音のやや遠くなり夜はひらきたり」
「戦力外通告うけて老投手故国に帰る、夏も終りぞ」
「暗闇にうごく鳥たちは目をあけてただひたすらに飛んでゐるはず」
「死はすでに我を鎮めてあるものを静かに覆へ顔の白布を」
「名をなさず死ぬ歌人を憐れ見て辛夷の花は夜ごと散るべし」
命終を受け入れ、たじろぐことなく作る歌の静かさ、そして強さ。とかくだらけがちな春先のわが身は、喝を入れられた気持ちになる。
(2013年2月10日)