【往還集125】20 羊について

香川ヒサ歌集『The Blue』(柊書房)に、
「草原に草食む羊 私に見られなかつたらゐなかつた羊」
「私の見てゐない時羊らは羊そのものとして在るのだらう」
がある。アイルランド滞在から生まれた作品だ。
私はこの歌が総合誌に掲載になったときに読んで、強い印象を受け、再び歌集でお目にかかってやっぱり立ち止まった。
描いているのは羊だが、羊を通して人間やら世界やら歴史やらを語っていると思われるのだ。
文明国が新大陸を発見したという歴史がある。その詳細を語る日本の名著は和辻哲郎『鎖国』だ。あれを読んだとき私は「発見」以前に原住民はちゃんと住んでいたのにと思わずにはいられなかった。「私に見られなかつたらゐなかつた羊」とは文明国の傲慢であって、「羊らは羊そのものとして在る」のだと。
そういうことをこの2首は考えさせてくれる。作者の意図とはずれるかも知れないけれど。
(2012年11月15日)