
「ゆと森倶楽部」は蔵王の麓にある温泉だ。周りは厚い森林に囲まれ、渓流沿いに露天風呂、そしてヨガ道場もある。広いロビーにはピアノと暖炉。
そこに泊まってきた。
夜になると、真ん丸の月がのぼる。私は読んだばかりの信綱作「夕山のこむら木群が上にまとかなる月はのぼりぬ忘れてあらむ」(『椎の木』)を思い出した。「忘れてあらむ」が不思議だ。月自身が輝いていることを忘れているという意味かも。
蔵王の月もそのように中空にある。
夜半になって、眠りを覚まされた。何か得体のしれない、底籠るような轟音がする。戸を開けると満月。だのに樹木たちが激しく全身を捩り合っている。蔵王を駈け下る強風で全山が揺れているとわかった。
海浜学校で海近くに宿ったとき夜通し轟く海鳴りにまんじりともしなかった。あれと同じように山にもじゅ樹な鳴りがある。
樹鳴りは明け方に止み、どの樹もそ知らぬ顔をしていた。
(2012年10月30日)