【往還集125】 12 「大震劫火」

空穂の全歌集を読み終わって、佐佐木信綱に入っている。
信綱の歌は、人間関係や仕事関係、つまり生活をはっきりさせないから、作品の背景がわかりにくい。作品は作品だけで読むべしという立場もあるから、それでもかまわない。ところが『豊旗雲』の「大震劫火」になったら、いきなり生々しいではないか。関東大震災に遭遇したときの歌だ。

「まざまざと天変地異を見るものか斯くすさまじき日にもあふものか」

事は大正12年9月1日午前11時58分に起きた。直後に作ったかどうかはわからないが、直下の驚愕を詠んだということはまちがいない。

「天をひたす炎の波のただ中に血の色なせりかなしき太陽」
「空をやく炎のうづの上にしてしづかなる月の悲しかりけり」

地上の炎に対する太陽と月の在りよう。読みながら3・11の日が、いやでも重なってくる。あの夜、全天にわたる星の輝きには、「あ」の一語も出なかった。
(2012年10月21日)