【往還集124】29 変声期の声、その他

中村達(つとむ)は「歩道」の人。生活のなかのさりげなさに、光る一瞬をとらえる歌人だ。その一瞬に透視するのは、ごくあたりまえのことでありながら、えもいわれぬおかしみであったりかなしみであったりする。

変声期近からん子がある時はわれを呼ぶ声怒りのごとし

「子」とは、少年から青年へ脱皮する途上の息子のこと。変声期は、心身のちぐはぐさを負う、男の子にとって最も不安定な時期だ。怒っているわけではないのに、そのようにしか声を出せない。つまり自分が自分と一致しない。中村はそれを的確にとらえている。

山田五十鈴ああまだ生きてゐたのねと妻の言葉は日月(じつげつ)のこゑ

「平成十三年」の章にあるから11年まえの作。主舞台から遠ざかり、消息がわからなくなる女優がいる。「まだ生きてゐたのね」は、なにか残酷で、それでいて哀感も漂ってくる。その山田、7月9日の午後7時に逝去、95歳。昨日のこと。    (2012年7月10日)