家の東方、すぐ目のまえには蕃山がある。一見するとなだらかな、ただの山だが、なかに入るとさまざまな表情に出会うことができる。
小人が潜んでいそうなモミの樹林。
笛吹き童子が奏でていそうな白滝。
運がよければ哲人の相貌の、ニホンカモシカにも会うことができる。
そして春先には、カタクリの群落が各所に広がる。
その真っ盛りのなかを、今日歩いて来た。真っ盛りといっても、目の覚めるような華麗さというわけではない。薄紫の6枚の花弁が反り返って下を向く。いかにも恥ずかしげにうつむいている。ひとつひとつは地味な花だが、千も万も咲きそろうと、あまりの見事さに声を失う。
しかもカタクリは、ただ春になって地上に出て来るのではない。開花するまでには、7年もかかるという。この間、地中に生命を養い、やっと光あふれる地上に眩しげに顔を出す。そういう、春浅い日を彩る花だ。
(2012年4月21日)