【往還集121】25「編むこと・続」

 手編みは、時間がかかる。せっかく編み進めてもまちがいに気づけば、ほどき直さなければならない。機械製品が出回っている時代に、とんでもない非効率的 なことだ。だのに引きつけられるのは、まさに非効率性にこそ理由がある。ただ単純に、来る日も来る日も編みつづけていると、いつの間にか自分が消えてい く。脚本家の筒井ともみに『着る女』(マガジンハウス)というエッセイ集がある。「セーターと毛糸の匂い」で、母親がセーターをほどき、それを毛糸玉に巻 き取っていく思い出が描かれている。そういう単純な手作業が子供のころから大好きだったという。「ひっそりと指先で同じ作業をくり返していると、だんだん 自分というものが消滅していくような感じがして、それが好きだったのかもしれない。」これだ、この感じ!個性を際立たせるのでなく、その逆に自分を消して いく。編むとは、そういうことだった。
(8月12日)