【往還集121】7「再び、死者がいない」

 短歌総合誌に震災詠があふれ出すのは、3・11から2カ月のちの5月号からだった。それらをつぶさに読みながら、どこにも死者がいないことに再び静かに 衝撃を受けざるをえない。ことばを発したいのは、誰よりも死者であるはずなのに、無念の沈黙が、しかも2万を越える厚い沈黙があるばかりだ。私は震災直 後、酷寒に身を痛めつけられながらも、歌だけは湧いてきた。だが、日を重ねるうちに、死者の沈黙に耐えられるか、代弁者たりえているか、生き残ったのをい いことに饒舌を繰り広げているだけではないかという疑念に突き当たる。鬱は深まり、とうとう失語状態になってしまった。そればかりか、3・11以前の文物 一切が心を素通りし、被災の報に触れるたびに涙を覚えるようになった。いま、目の前にくりひろげられているのは、世界も宇宙も制覇しようとしてきた人類の 奢りの、完膚なきまでの敗北にほかならなかった。
(2011年7月4日)